ミュージカル「生きる」@赤坂ACTシアター
ミュージカル「生きる」(演出:宮本亜門さん!、原作:黒澤明監督!)を赤坂ACTシアターで見てきた。
黒澤作品がミュージカルになるのは、これが世界初のことらしい。えらいことだ。自分は、一番好きな映画を聞かれると、必ず「七人の侍」と即答するほど、黒澤映画に惚れぬいている。
主演は市村正親さん、鹿賀丈史さんという超豪華なWキャストだった。自分が見に行った回は市村正親さん。
すごく深く染み入るミュージカルで、感動した。 魂の物語だった。
自分はミュージカルというスタイルをあまり見たことなかったのだが、やはり生演奏であるということ、セリフが言葉ではなく唄であるということ、この二つの要素がとっても大きく見る側にも体験としてグイグイとしみ込んでくる。
あらゆる舞台表現は、知的な理解ではなく全身での体験そのものだが、その体験には通路というものがあり、ミュージカルは体験へ導く水路として素晴らしいものだと改めて。
舞台は日本の終戦後の7年目くらいだった。1952年ころ。 焼け野が原となった日本が、新しく国の体勢を立ち上げようとしている不安定な時代。
貧しくとも希望を持つ市民と、欲望むき出しである意味では絶望した市民とに大きく分かれ(役所で働く人も、ある意味では絶望した人たちかもしれない)、日本はどちらの方向へ舵を切るのか、未来は誰にも分らない。
役所の市民課の課長(渡辺勘治)は、早くに妻を亡くし、男手一つで息子を育て、黙々と役所の仕事をしている。 人は、官僚システムの中に組み込まれると、魂を抜かれ、システムを維持するための仕事しかできなくなるらしい。魂を持つものはそのシステムからはじかれてしまうし、自分の魂を差し出す交換にしかシステムの歯車と化することはできないからだ。魂と引き換えに、仕事の安定は得られる仕組みになっている。
また、親は子のためにと思うが、その思いは伝わらない。子も親のことは理解できない。 親と子は心理的な距離が近すぎて、その近さが反発力を産んでしまう。引力は働かず、疎外しあう。 そうしたすれ違いには、適切な潤滑油のように間に入る第三者の存在を必要とするらしい。 第三者の存在こそが、反発力を引力へと変換するハブとなる。
官僚システムの部品と化した人間は、魂(まぶい)を失っているし、人生後半の課題としての死の本質をも見失っている。それは生きることを見失うことと裏表の構造でもある。
失った魂は、若い女性を鏡として自分の人生に立ち現れてくる。
人は、自分の魂と異性の姿で出会う。
彼は、死ぬ前までに、生まれたときに与えられた魂(まぶい、アニマ)を自力で取り戻さないといけない。
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人は何のために生きているのか。 意味を外に探してもどこにもない。自分自身の内部を掘り起こし、考古学者のように彫刻家のように自分の暗部の内奥を孤独に掘り進めていく必要がある。
人生前半は自分の外へと向かう旅路だが、人生後半は自分の内へと同時に向かう旅路になる。
官僚システムという生き地獄から脱し、RepairではなくRebornしようとするひとりの老いた男性。
彼が死という扉を開ける寸前に、この生の世界で何を見出し、何を得て次の旅へと足を踏み出すのだろう。その答えは、見ている側へと踵を返して鋭い刃のように突き付けてくるようだった。
人と人とはなかなか分かり合えない。
ただ、まずは自分自身と折り合いをつけることがそのスタートになる。 人は人、自分は自分なのだ。 ズレは、やはり自分の中にある。自分自身のズレが生の扉と死の扉の断層をうみだしている。
「生きる」の映画でも有名な最後のシーンは、生と死の扉が同時に開いて交錯し共鳴するような神秘的なシーンだった。 いま生きている亜門さんと、いまは亡き黒澤監督とのいのちの交わりと眼差しとが交錯し、天使のラッパのように天界の扉が開かれるような。
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普段はあまり演劇や舞台を見に行かない人こそ見に行ってほしい舞台。ミュージカルは舞台の入り口として素晴らしい!誰もが深く楽しめるだろう。
自分も35歳から先は人生の後半へと足を踏み込んだと考えている。そうした人生の後半を生きる人たちにこそ、深く染み入る舞台だと思います。
平日でしたが、超満員でした。 見終わった後、家路へ帰るお客さんの、無言で何かをかみしめながら、それでいて優しい表情がとても印象的でした。
公演も残りわずか。
ぜひ見に行ってほしい!
黒澤明 没後20年記念作品 ダイワハウス presents ミュージカル「生きる」
→公式HP 2018年10月8日(月・祝)~10月28日(日)
演出:宮本亜門 作曲&編曲:ジェイソン・ハウランド 脚本・歌詞:高橋知伽江
出演 渡辺勘治 役(ダブルキャスト):市村正親 鹿賀丈史 渡辺光男 役:市原隼人 小説家 役(ダブルキャスト):新納慎也 小西遼生 小田切とよ 役 / 渡辺一枝 役 (ダブルキャスト):May’n 唯月ふうか 助役 役:山西 惇
川口竜也 佐藤 誓 重田千穂子 治田 敦 松原剛志 上野聖太 高原紳輔 俵 和也 原 慎一郎 森山大輔 安福 毅 飯野めぐみ あべこ 彩橋みゆ 五十嵐可絵 可知寛子 河合篤子 森 加織 森実友紀