梅原猛さんと市原悦子さんの非存在
1月14日の同じ日のこと。
どちらも大きい存在がなくなった・・・。
梅原猛先生から受けた影響は計り知れない。
柿本人麻呂や聖徳太子を怨霊への鎮魂というまったく新しい切り口から取り扱った著作(人麻呂は「水底の歌―柿本人麿論」、聖徳太子は「隠された十字架―法隆寺論」)には、目からウロコが何枚も落ちたし、こういう人が本当の学者だなぁ、と思ったものです。
『神々の流竄(ルザン)』なんかも、日本の神話を新しい切り口で、敗者へのやさしさに満ちた眼差しで書いているし、『仏教の思想』シリーズ((角川文庫ソフィアで再販されている)も、仏教学者と哲学者が同じ本で違う切り口で仏教を論じていくのは斬新かつ本当に深い仏教への理解に至るもので。
晩年の世阿弥への研究は、自分が能楽を始めるときにもきっと無意識下で大きな影響を与えているだろうな、とも思う。
梅原猛さんは、まさに「死者」というものを本当に大切にした人だ。
死者の声を聞き取る作業こそ、哲学や宗教の起こりであり、鎮魂の行為であると。
女優の市原悦子さんは、映画『あん』はかなり重いテーマを扱っているのですが、そこでの樹木希林さんと市原悦子さんの演技が神がかっているほど素晴らしく、あの時の市原悦子さんの演技がいまだに忘れられない。樹木希林さんも先に亡くなられた・・・。
〇映画『あん』予告編
もちろん、市原悦子さんと言えば日本昔話のナレーションの声で、あのアニメでどれだけ無意識に昔話を学んだか、と思う。
〇まんが日本昔ばなし「カチカチ山」
偉大な先人がなくなると、この世界のバランスがグラっと崩れる。
もちろん、また新しい平衡状態に移行していくが、誰もその穴埋めをできない。永遠に。人がひとり存在しているというのは、それだけで本当に重いことなのだ。