日常の中に祝祭的な空間を
令和元年の初日は5/1で休日。 ゴールデンウィーク中に高木正勝さん、野村友里さんと鼎談させてもらい、素晴らしい時間を共有した。
次は、令和元年の休みが明けた平日、同じ銀座SonyParkにて、大友良英さんとの対談をさせてもらった。
稲葉俊郎(医師・医学博士)× 大友良英(音楽家)@PARK B2/地下2階(Ginza Sony Park)
大友さんについて。
大友さんは、いま絶賛放映中の大河ドラマ『いだてん』の音楽をつくられていて、前日までロサンゼルスまでLiveに行っていたりと大忙しなのですが、時差ボケの最中に今回お越しいただきました。
(こちらは、神戸にある横尾忠則現代美術館での写真。ポスターを横尾忠則さん、音楽を大友良英さん、脚本を宮藤官九郎、『いだてん』はなんと豪華な!)
『いだてん』の主役、金栗四三(かなくり しそう)は、日本人ではじめてオリンピックに出た選手ですが、熊本県玉名郡出身の方。 GWで熊本に帰った時、玉名の実家近くまで伺い、大河ドラマ館(熊本県玉名市繁根木 163)などを見に行ってきたのです。
熊本では新幹線にもいだてんマークがあり、大盛り上がり。
実は、『いだてん』の放映が決まる前に原稿を書いていた稲葉の単著「ころころするからだ」春秋社 (2018/9/20)の中に第4章:『地球規模の「ひとつの体」を学ぶ―体育と医療』という章があります。
その中で、オリンピックの歴史を紐解きながら、体育と医療との接点を描いていて、そこで金栗四三の名前も紹介しているのです。そのシンクロに驚いたものです。
大友さんは『いだてん』や『あまちゃん』という舌ざわり滑らかなものだけではなく、映画に引き込む独自のサントラも多くつくられ、さらにギターソロも素晴らしく、さらにさらにビッグバンドやジャズも全くもって独自世界で、そして、CD「山下毅雄を斬る」では、日本のアニメの音楽の方がフリージャズよりももっと先にフリージャズの原型を扱っていた!と、プレイガールBGM、ルパン三世、ジャイアント・ロボ、悪魔くん・・・など山下毅雄さんの音楽を大友さん流にアレンジして再評価、再解釈、再構築されていて、オーネット・コールマンもアルバート・アイラーもドン・チェリーも、あの世できっと驚きと歓喜の雄たけびをあげていることでしょう。
大友さんには他にもたくさんの前衛的な仕事がありまして、前回の札幌国際芸術祭のディレクターもされていました。まあすごい盛り上がりで、前衛的かつ土着的ですごかったです。 当時ブログに書いた内容はこちら。 →●札幌国際芸術祭(August 28, 2017)
他にも、『音遊びの会』(2005年結成、知的な障害のある人を含むアーティスト大集団)では音楽を目的としてではなく手段として使い、新しい音楽との戯れ方を提示してみたりと・・・・・
その全方位的な動きには目が離せません。すべての方角において数年、数十年先を突っ走っています。
ちなみに、大友さんの文章も、疾走感とテンポがあり、同時に浪花節もあって、本当にほんとうにおもしろいんですよ。
(付箋びっしり!)
この本は、自分史と音楽史とメディア史とが混然一体になった本。 ブルースの語りを聴いているような文章世界が展開されていて、超絶面白いです。 憧れていた女性とデートする場面は、村上春樹のノルウェイの森を読んでいるような錯覚がするほど。
ちなみに、大友良英,稲葉俊郎(著)「見えないものに、耳をすます ―音楽と医療の対話」(アノニマ・スタジオ)も、面白い!と評判です。これは我田引水でした。
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大友良英さんのCDはたくさん持っていますが、自分が大友ワールドにどっぷり入るきっかけになった「Out to Lunch」は特別。 ライナーノーツもすごくよかった。 エリックドルフィーが、ランチを食べに行ったまま(Out To Lunch)亡くなってしまった?後を受け継ぐ、大友さん流のオマージュですね。
村井康司さんの「Jazz 100の扉」アルテスパブリッシング(2013年)という本の副題が「チャーリー・パーカーから大友良英まで」!になってるんですよね。 この本でもJazz名盤が100個紹介されている中で、日本人として唯一人食い込み紹介されているのが、大友さんの「ONJO plays Eric Dolphy's Out To Lunch」で、なんだか妙にうれしかったのです。 ジャケット写真も確か森山大道さんだったと思うんですが、日本のノイズな風景もいかしてますね。
大友さんとの直接の出会いは、野村萬斎さんの『MANSAI ◉ 解体新書 その弐拾六』(2016/7/30)(もう3年前!)で登壇者としてご一緒した時から。キューピットが萬斎さんというのも嬉しい。こうなることを予見していたのだろか?
その後、NHKスイッチインタビュー達人達にも共に出させてもらい、その対談本まで出版されることになった。
<参考>
大友さんの前衛的で先駆的な仕事はすべて追いかけてきてきた。
年齢も20歳違う。歩んだ道のりも違うし、していることも違う。 ただ、大友さんという海のように広大な流れを見続けてきたからこそ、自分というささやかな河とこうして出会い合流させてもらえたことが素直にうれしい。
大友さんが直観的かつ即興的にされているお仕事は、すべて「今を生きる」人ならではの仕事だし、そのすべての活動がよりよき未来への大きなヒントになるものばかりだ。
3.11での東北での震災と原発の事故。 天災と人災。 戦争を知らない僕ら若い世代も、同時代に生きる者同士で「痛み」や「かなしみ」を共有した体験だった。 あのとき、日本中でもう水は飲めなくなるのでは、と本気で思った。 あのとき、日本中でもう野菜は育たなくなるのでは、と本気で思った。 あのとき、日本中でもう窓をあけて風を感じることができなくなるのでは、と本気で思った。
未来へのVisionは、闇雲に未来をイメージするよりも、同じスパンの過去を振り返ることで未来は過去の陰画のように浮かび上がってくる。未来と過去とが合わせ鏡のように共鳴して、今・ここで何をすべきかがおのずから決まる。
今、今、今、今・・・・という今の瞬間の積み重ねが、いつのまにか未来になっている。そして、どんな未来ですらも必ずいつか過去となり、さらなる未来への堆肥となり滋養を生み出す母体となる。
大友さんの、まずすべてを黙って受け入れる母性的な力。受け止めた上で全感覚を研ぎ澄ませ、父性的に決断していく生き様には、いつも大きな示唆をいただく。
最後には、自分がこのイベントに寄せた文章を朗読して、大友さんにギターソロを弾いてもらった。心震える時間だった。
また今後も、長い時間をかけて大友さんとの対話を続けていきたいです。 こうした素晴らしい場を、みんなで囲む食卓を準備してくださった野村友里さんにも、本当に感謝。 いつも身を粉にしてみんなのために働いている友里さんを見ていると、感謝の思いが溢れます。 まさに、こういうイベント自体が、現代の祭りの復興なのだ、と。
わたしたちの日常の中に祝祭的な空間を。
大友さん、友里さん、だけでなく、今日お越しいただいたみなさんも、ありがとうございました!
令和元年に、夢を紡ぐ時間を共有できたことにも感謝です。