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個人とシステムとの矛盾

吉本興業の話は、色々と驚いた。 筋書きのないドラマ、とはこのことだ。

松本人志さんは、結婚してお子さん生まれたときから、明らかに人間としての質が急激に変貌してきて、一休宗純とか、生きていたらこんな雰囲気だったんじゃないかなぁ、と思う。

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心の余裕がないと、笑えない。 逆に、笑うことで、心に余裕が生まれることもある。

笑いは、心の内界を自由自在に動かして柔軟にするために欠かせない潤滑油のようなものだ。

笑うと体はゆるむ。

竹中直人さんに、笑いながら怒る人、というネタがあるが、あれがおかしいのは、わたしたちは笑うことと怒ることが、身心にとって逆の現象であることを知っているからだ。

笑える時、その対象と距離をとることができている。体はゆるむ。 怒っている時、その対象と距離をとることができず、感情の波に溺れる。体は固くなり、頭だけに血が上る。悪い意味での意識変性状態になる。

笑いは、平和につながる道だ。

自分もアメトークはビデオに撮って毎回みていたし、ガキの使いも毎回見ていた。

東京で浪人していた時、ラジオによく投稿していた自分は、文化放送の「今田耕司と東野幸治の『Come on FUNKY Lips!』(カモンファンキーリップス)」から電話出演のオファーが来たこともある。

大学生となり東京に出てきて、ガキの使いの観覧トークを見に行った。自分の隣に松本人志のお兄さんが座っていて、トーク中にお兄さんの顔が抜かれ、隣にいる自分も驚いた顔をしているのが同時にうつったことがある。それが東京でのテレビ初出演の記憶で、いい思い出だ。そう考えると、自分の人生に松本人志さんも今田東野さんも、分かちがたく関係して、深い影響を受けていることが分かる。

とにかく、笑いは無条件に素晴らしい。 心から笑えなくなるのは悲しいことだ。

笑いは、場を分離から統合にもっていくし、笑いながら怒れないなら、笑いは平和への道ではないか。

個人個人の幸せのためにシステムが生まれたはずなのに、いつのまにか逆転して、システムを維持することだけが目的となってしまい、システムそのものに個人全員がつぶされてしまう。

個人とシステムとの矛盾に満ちた関係は、この時代のあらゆる領域で解決していくべき最重要課題だろう。

個人と会社、個人と地域、個人と国家、、、結局は同じ課題を抱えている。 解決の鍵は、生命の世界が持っている、と自分は思っている。生命は、そのことをすでに実現している世界だ。

そうした個人とシステムの課題解決の先にこそ、口先だけではない、人類の多様性と調和への道があると思う。

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