ル・ボン「群衆心理」(講談社学術文庫)
ル・ボンは「群集心理」という本の中で、「群衆心理」の特徴を何個か挙げている。
(1)匿名性(自己の言動に対する責任感と個性がなくなる。無名性、無責任性)
(2)被暗示性(暗示にかかりやすくなる。場の雰囲気に従う)
(3)感情性(感情的になる。一人ではなく大勢の人と一緒にいるとリアクションが大きくなる。)
(4)力の実感(自分が強くなった錯覚)
人は群衆の中にいるとき、暗示を受けやすくものごとを軽々しく信じるようになり、論理ではなくイメージで物事を考えるため、イメージを喚起する力強いスローガンで暗示を受ける。その暗示が群衆内で感染し、群衆は衝動の奴隷になる、と。
極度に単純化されたイメージに暗示を受けた群衆は暴徒となり、事実確認や論理では止めることができなくなる、とも。
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イギリスの心理学者マクドゥーガルも、ル・ボンの研究を踏まえ、他にも群集心理の特徴を挙げている。
(1)過度の情動、(2)衝動性、(3)暴力性、(4)移り気性、(5)一貫性の欠如、(6)優柔不断、(7)極端な行為、(8)粗野な情動の表出、(9)被暗示性、(10)不注意性、(11)性急な判断、(12)単純かつ不完全な推理、(13)自己批判や自己抑制の喪失、(14)自尊心と責任感の欠如による付和雷同性
こうしたキーワードを並べるだけでも、現代の一端を指し示しているような気さえする。
彼らは、社会が戦争という非合理へ向かう奇妙な力学を知りたくて、「群集心理」のことを研究していたのだろう。それは未来の予防のためにも。
そうした特徴を持つ群衆心理が生まれる前提には、人間関係の希薄さ、生きる意味の希薄さ、漠然とした不安、行き場のない不満、などの条件が必要となる。
現代社会は、こうした群衆心理が生まれる前提条件がそろっていたように思える。
そんな時期に、「不安の対象」が生まれ、「不安の対象への対応」がつくられ、そうした対応が繰り返し繰り返し語られ続けると、断言、反復、感染という手法により、行き場を求めていた心の攻撃性や不満や鬱屈は、共に集まり融合し、群集心理へと育つ。
仮初めの団結は、新しい社会の絆を生む。その新しい絆は、一時的に生きる意味を与え、孤立から解消してくれる。だからこそ、群集心理は育つ。
その中では、人は個別に長期的で広い視点を持てなくなり、短期的で狭いターゲットだけを求めるようになる。異なる意見にも不寛容となり、真善美などの大切な価値を深く考えるよりも、単に集団の団結を強く守ることだけが集団の目的となる。
そうした群集心理を維持するためは、仮想の敵が必要となる。仮想の敵がないと、かりそめの集団の絆は壊れてしまうから。こうしたことはイジメの現場でも、同じ構造が見られると思う。
ちなみに、社会適応がうまい人こそ、群集心理に飲み込まれやすいし、場に飲み込まれていることにすら気づけなくなる。と、メディアを眺めていると思う。
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「個」を生かす「場」であり、同時に「場」を生かす「個」。そうした「個」と「場」とがよりよく両立するあり方を考えていた。自分の中では理想的な医療的な場がどうあるか、という具体的な問いへの返答として。
「場」の中に「個」が消えていく危険な事例として、群集心理のメカニズムは自分なりに頭に入れていたつもりだ。
ル・ボンの「群衆心理」(講談社学術文庫)は、名著・古典として、大学生時代に読んだ本。まさか2022年に思い出すとは、学生時代には思わなかった。
インドの詩人タゴールは、そうした群集心理の特徴を一言で表現している。
「人々は 残酷だが、人は優しい」と。
時代の底に流れる何かを、しっかりと見つめていたい。
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