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霊巌洞 世阿弥と宮本武蔵

  • 執筆者の写真: inaba
    inaba
  • 1 日前
  • 読了時間: 2分

宮本武蔵が、晩年に兵法書であり哲学書とも言える『五輪書』を完成させた霊巌洞(れいがんどう)という場所が、熊本の実家から近くにある。

中学生の頃はジョギングの延長で行っていた。車で行くようになると、よくここまで走っていたな、と過去の自分に感心。過去の思い出も、アカシックレコードのように空間に保管されているようで、それくらいゆっくりした時が流れている。


本尊は、石体四面の馬頭観音像。入り口には「夢殿」(夢枕に立ったという観音様)も静かにある。



宮本武蔵『五輪書』は、世阿弥の『風姿花伝』にも対応するような、優れた哲学書。実際に世阿弥の謡曲「檜垣」の中で、平安朝の歌人・檜垣がこの馬頭観音像を日参した、と謡曲でも残されている。

先輩である世阿弥(1363-1443年)に対して、武蔵(1584-1645年)は敬意の念を込めてこの地で五輪の書を描いたのではなかろうか。ふたりの魂は、この時空間で共振するようにつながっているように思う。


金峰山は、修験道の地でもあった。その香りは存分に放たれている。聖地を守るかのように、巨石から生え出てたような五百羅漢という仏さまが、鎮座されております。













ここも、何もない、と言えば何もない。

特に観光に寄っていない。

洞窟と仏さま、そして空間に漂う霊気があるだけ。


そのそっけなさこそが、私は好きだ。




霊巌洞に行く手前に、桜の樹が美しかった。

神仏の近くに桜がある風景を見るたびに、梶井基次郎の短編小説『櫻の樹の下には』の冒頭を、思い出してしまう。

空間から感じる霊気とも関連があるのだろう。


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桜の樹の下には

梶井基次郎

 桜の樹の下には屍体が埋まっている!

 これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。







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